●パソコン
 第1次パソコンブームが始まったのは、1982〜83年辺りからです。私が最初にパソコンを手に入れたのもその頃。NECのPC-6001という家庭用として登場したコンピュータで、「パピコン」などといったとても恥ずかしい愛称で呼ばれてました。これが買ってすぐにmkIIという新機種がでてしまってたいへん悔しい思いをしたのですが、その辺、今も昔も事情は変わらないようです。

 何だか知りませんが当時は、「これからの時代はパソコンだ」みたいな風潮があって(今もそうか)、猫もネズミもパソコンといった感じでしたが、その頃のパソコンというものは、まだまだ自分でプログラムを書けなきゃ面白くもなんともないシロモノでした。私も購入してしばらくは市販のゲームなんかで遊んでましたが、そのうち飽き足らなくなってBasicを覚え、アドベンチャーゲームみたいなものをいろいろ打ち込んでた覚えがあります。出たとこまかせでプログラミングしてた甲斐あって、どれも完成しませんでした(おい)。

 当時の「市販ソフト」は、普通のオーディオテープに音声信号として記録されていました。また現在の様にきちんとしたパッケージに入ったものは珍しく、多くはカセットケースにペラペラのインデックスをつけただけというモノでした。内容を想像するのは困難で、そのゲームがどの程度のモノなのかは「やってみなくちゃわからない」世界なのです。少ない小遣いでやりくりする子供としては非常にリスキーな賭だったのですが・・・。

 さて、それと期を同じくして秋葉原にソフトレンタル屋が現れ始めました。ソフトボックスとかソフマップです。ソフマップの方はご存じの通り、今や大手PCショップになっていますね(もはや当時の面影はカケラもないですが)。これらレンタルソフト店は、当時は秋葉原の寂しいマンションの一室なんかを使って人目をはばかるように商売してて、西新宿の裏側のCDショップや音楽ビデオショップと同じくらい怪しかったです。

 ・・・というわけで、ゲームはテープに入ったただの音声信号です。ついでに中高生に著作権に対する配慮などあろうはずもなく、結果、片端から借りてはダビングしまくることになります。その頃、友達の1人がダブルカセットデッキを買ったので、まずその友達のウチにみんなで集まってからバスに乗って電車に揺られて秋葉原まで行って当日返しでソフトを借りてきて友達のウチにひきかえし人数分ダビングしてからまたバスと電車で秋葉原まで戻ってソフトを返してまた帰ってくる(長い文はわけわかんないからやめろってば)、などという、今考えるととてもエネルギッシュなコトをやってました。こうしてダビングしたテープですが、うちに帰ってPC-6001に読み込ませようとするとエラーになってしまってとほほということもありました。本気でダブルウォークマン(ウォークマンのダブルカセットモデル・・・(笑)この頃はこんなフリークも存在しました)を買ってしまおうかと考えたものです。

 こうして数年間はのめりこんでいたパソコンですが、その内、結局たいしたことできないんだなーという思いとともに押し入れにしまわれてしまいました。
【おわり】