●昆虫採集
 小学生の頃、男子なら誰もが一度は夢中になった遊びじゃないでしょうか。子供というのは基本的に虫が大好きですから(勝手に決めるなよ)、それがいっぱい詰まった標本なんてちょっとした宝箱のようなもので、科学博物館なんか行くと甲虫の標本の前にしばし釘付けになっちゃったりします。でもそんな立派な標本を作るような本格的な昆虫採集は色々と専門用具が必要なので、子供たちの間でポピュラーだったのは、駄菓子屋などで売っていた『昆虫採集セット』を使った標本作りでした。これは今ではほとんど見かけなくなってしまいましたが、虫取り網と共に、夏になればあちこちで見かけることができる夏の風物詩でした。

 セットの中身は、殺虫剤(赤)と防腐剤(青)と注射器。子供たちはこれを手にし、しばし医者や科学者の気分を味わうことができました。

 さて、この中身、今考えると殺虫剤も防腐剤も注射器も、実際危険なモノなんですが、それを間違って自分に刺したとか、いたずらして人に刺したとかいった事故は、幸いにして聞いたことがありません。みんな本能的に「危険なモノ」とわかって使っていましたし、やっぱりそういうものを取り扱うことで得られる知恵ってものもあるんじゃないでしょうか。

 うっかり事故が起こりがちなのは、見た目が危険じゃないものを油断して使ってる場合に多い、とかいう話をなんかの本で読んだんですが、確かにこの点、注射器も薬品も危険きわまりない物に見えるし、使用者を緊張させます。このむき出しの凶器っぽさが、逆に事故を防いでいたのかもしれません。

 さて、ご存じの様にこのセットの殺虫剤あまり効く物ではなく、かなりの量を注射してもまだ苦しそうに生きてたりするので、今考えればえらく残酷な話です。でも殺生に関する道徳観念って、こうしたことからのリバウンドで形成されてくのかも、などという気もします。というわけで、あの頃の虫達の死はけして無駄じゃなかったとか勝手に思ってます。

 サランラップでくるんだだけのお粗末な標本箱に張りつけられた、雑多な虫達。教室の後ろから漂ってくる微かな腐臭は、他のどんなものよりも確実に、夏の終りを告げていました。

追記:「このセットの殺虫剤とか防腐剤は薬品ではなく単なる色水」と説明書きに書いてあった、という話を後で聞きました。ずーっと本物だと信じてたんですが・・・。

【おわり】